トップ > カルチャー&サブカルチャー【アーカイブ】 > 歴史 > 姫路城のすぐ西にある散歩道「千姫の小径」です... あんじぇりか 2024/04/08 18:29 姫路城のすぐ西にある散歩道「千姫の小径」です。 千姫と2度目の夫本多忠刻の連歌の碑が立ってます。 姫路城のすぐ西にある散歩道「千姫の小径」です。 千姫と2度目の夫本多忠刻の連歌の碑が立ってます。 桜 エビス城部 いいね 共有する 共有する X facebook LINE リンクをコピー トークにコメントする 3件のコメント (新着順) ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 レーナ 2024/04/10 10:26 あんじぇりかさま 千姫、姫路城にいたんですね 全然知りませんでした いいね 返信する ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 あんじぇりか 2024/04/10 17:57 レーナ様、はじめまして~ そうなんです、10年いたんですが ご主人が亡くなったので、江戸へ帰ったんですよ。 なお、姫路城は千姫の持参金10万石で西の丸を建てて 現在の姿になったんですわ ちなみに、二度目の夫の本多忠刻は、母が家康の長男信康の娘なので 曽祖父が家康と信長という、血統書付き。 誰もが振り返ってみると言う、イケメンだったそうです。 千姫はお市の方の孫になるし、美男美女のカップルだったそうです。 2人の娘勝姫はその後岡山藩主池田光政と結婚して、子孫が続いてるんですよね。 いいね 返信する ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 レーナ 2024/04/10 18:21 あんじぇりかさま 本当によくご存知ですね。 この歳になって色々勉強になります いいね 返信する ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 ラズベリー 2024/04/09 16:07 あんじぇりかさま 千姫の小道素敵ですね🌸 いいね 返信する ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 あんじぇりか 2024/04/09 20:10 ラズベリー様、ありがとうございます! ここは姫路城の前を通り過ぎて西へ行った橋の袂にあります。 船場川と言う小川(昔は姫路港まで水運に使ってたらしい)とお堀に挟まれた 土手を改良して昭和の終わりごろくらいに散歩道にしたみたいです。 サクラも咲くし、紅葉も楽しめるし、お城の石垣は雰囲気があるし シラサギとかカモとかがいることもあって、コイも泳いでるし、蛇もいたりと 散歩にはもってこいのところでございます。 いいね 返信する ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 ラズベリー 2024/04/09 21:42 あんじぇりかさま とっても魅力的だと言うことが伝わりました🥰 いいね 返信する ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 あんじぇりか 2024/04/08 18:34 この小径を南に歩いて行き、橋まで行って、信号を渡ったところも 千姫の小径になります。 こちらには千姫の銅像があり、大河ドラマにして!という旗が立ってました。 千姫の頃は参勤交代がなく、正室も領地に住んでいたんですよね。 夫忠刻は人が振り返ってみるほどイケメンだったけど、 31歳で若死にしちゃったのが残念。 千姫は姫路で10年過ごして娘を連れて江戸へ帰ったんですが、 姫路では幸せな生活を送ったと言われてます。 いいね 返信する ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 YEBISUつよし 2024/04/08 19:39 あんじぇりかさま 勉強不足で千姫のことよく存じ上げません🙇♂️ いつか姫路に行った時に 姫路城案内と、千姫について ご説明お願いいたします🎶😉 いいね 返信する ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 あんじぇりか 2024/04/08 21:31 YEBISUつよし様、もちろんでございます! 黒田官兵衛から、羽柴秀吉、池田輝政に本多家から酒井家まで、 コロコロ変わった城主たちについてもみっちりご説明いたしますぜ。 ちなみに千姫は家康の孫で、一般的には7歳で豊臣秀頼と結婚し 大坂夏の陣で助け出されたところまでは有名ですが、 その後の人生はあまり知られてないんですよ。 いいね 返信する ミュートしたユーザーの投稿です。 投稿を表示 YEBISUつよし 2024/04/10 07:25 あんじぇりかさま さすが👍 ますます次回の姫路城行きが 楽しみになりましたよ🎶 その折はよろしくですぅ🤭 いいね 返信する
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千姫、姫路城にいたんですね
全然知りませんでした
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千姫の小道素敵ですね🌸
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投稿を表示この小径を南に歩いて行き、橋まで行って、信号を渡ったところも
千姫の小径になります。
こちらには千姫の銅像があり、大河ドラマにして!という旗が立ってました。
千姫の頃は参勤交代がなく、正室も領地に住んでいたんですよね。
夫忠刻は人が振り返ってみるほどイケメンだったけど、
31歳で若死にしちゃったのが残念。
千姫は姫路で10年過ごして娘を連れて江戸へ帰ったんですが、
姫路では幸せな生活を送ったと言われてます。
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