豊臣五大老中、唯一、大河ドラマになっていない家でもある。
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よろしく頼む!―――磯田道史 歴史学者
宇喜多直家は、斎藤道三、松永久秀と並ぶ戦国三大梟雄の一人といわれてきた。
しかしそのイメージは、江戸時代になって、当時の儒学的観点から敗者である直家を悪役のように語り伝えたことで始まったとされる。ゼロから50万石大名となり、岡山の礎を築き、織田・毛利の超大国と渡り合った直家こそ真の姿。英傑であるのは間違いない。
宇喜多秀家は、直家死去により幼くして家督を相続し、秀吉の天下獲りを支えた。また、海外出兵時には戦地から指示を出し、岡山の城下町づくりにも励んだ。
岡山城天守が完成、後世、五大老とされる豊臣政権の中心を担う大名となった。
関ヶ原の戦いでは、豊臣方として忠義を貫き、西軍の最大兵力で出陣。大将格として奮戦するも敗退し、八丈島へ配流となった。